ヤクザの家族が直面する壁…潔癖主義の社会で「ここまで追い込まれるなんて」

ヤクザの家族が直面する壁…潔癖主義の社会で「ここまで追い込まれるなんて」


 千葉県某市の市営団地に暮らす智恵美さん(仮名・36歳)は、二人の子供を育てるシングルマザー。昼はコンビニで、子が寝静まってからは倉庫内作業のアルバイトをしてどうにか食いつないでいるが、約1年前までは、都内の高級賃貸マンションで夫と4人、何不自由無く生活していたのだという。その“転落”の原因とは何か。



◆白か黒か…潔癖主義の社会でヤクザの家族は今…



「暴力団員の夫・A(45歳)とは二十代の半ばで知り合いました。夫は私が働いていた貴金属店の常連客で、数年の交際を経て結婚しました」



 毎週のように店を訪れては、数十万円の時計やネックレスといった貴金属を購入していくA氏に興味を持った智恵美さんだったが、アプローチはA氏からだった。



「いきなり『ご飯どう?』って誘われて……。“遊び”だろうって軽い気持ちで応じたのですが、車屋や飲食店などを経営する“実業家”だったことも判り、交際はすぐに始まりました。“暴力団員”だって打ち明けられたのはそれから3か月後くらい。刺青があったり、泊まりが多いことを問いただすと、『実は……』という感じで話してくれて」



 A氏が暴力団員だと判明してからも、二人の付き合い方は何ひとつ変わらず、優しいAさんにのめり込んでいったのは智恵美さんの方だった。『俺はヤクザだからお前に迷惑がかかる』『俺はヤクザだから一緒にならない方がいい』、そういったことを言われる度に、むしろA氏のことが愛おしくなっていったと回想する。そして智恵美さんはついに、A氏との結婚を決めた。



「両親は当然猛反対でしたが、ほとんど駆け落ち同然で無理矢理に結婚しました。式は挙げておらず、二人で婚姻届を出した以外には、ごく身近な友人を呼んでパーティーをしたくらい。あの時、私には“極道の妻”になるなんて認識は1ミリもなかったんです」



 それもそのはず。A氏は日中は事業を営み、夜や休日にだけ組事務所で“当番”する程度で、事業が成功してからは暴力団員としての側面は年々薄れつつあった。



 子供も生まれ、事業はますます拡大していたが、そんな折に、夫の会社に新入社員が入ることになった。新入社員は、夫が所属する暴力団の上役の子息だった。



「夫は、事業の方では暴力団であることを完全に隠していましたが、上からのお願いということで断れなかった。この新入社員が組の名前を使って恐喝事件を起こし逮捕されたことで、(連帯責任として)夫まで逮捕されたのです」



 幸いニュースになるほどの事件ではなかったが、会社や自宅に捜査員が押し寄せ、近隣住民にもA氏が暴力団員であったことが知れ渡ると、大家からは退去を迫られ、事業も停止。智恵美さんが事業を引き継げるはずもなく、支払いなどの負債がかさみ、一気に自己破産にまで追い込まれた。智恵美さんは涙ながらに言う。



「一番辛かったのは、子供まで幼稚園を追い出されたこと。近所の住民が子供の幼稚園やスイミングスクールにまで吹聴して……。ヤクザがダメなのはわかりますが、ここまでやるなんて……」



 知り合いの弁護士に相談したが「再起するには離婚しかない」と言われ、書類上はA氏とは他人になったという智恵美さんだが、後に釈放された夫とは月に5~6回会っているのだという。



「夫は出所後に清掃会社を立ち上げ、自らも作業員として現在は福島県内で除染作業をしています。会うたびに1~2万円くれるのですが、本当に寝る暇もなく働いて、借金も返していますが、いつまでこういう生活が続くのか……」



 か……。少しのシミも許されない「漂白された社会」を理想とする人々が増えているともいう。社会が臭いものに蓋をすることで、智恵美さん一家は破滅の一歩手前まで追い詰められた。追い詰められ墜落した人々の救済や再起を促す仕組みも作られないままに、潔癖さだけを希求する。この国に、余裕がなくなってしまったという事実が浮き彫りになっているかのようだ。



<取材・文/伊原忠夫>