植物の美はエロティック。根源に光を当てる『官能植物』

植物の美はエロティック。根源に光を当てる『官能植物』



真っ黒な表紙に銀箔押しの書名。その下では、ハエトリグサ(ディオネア)が赤黒い捕虫葉をぱっくりと広げている。なんと耽美で官能的な表紙だろうか。



本のタイトルはその名も『官能植物』。食虫植物愛好家、文筆家である木谷美咲さんによる、植物写真と文章によって「官能」に光を当てるビジュアルエッセイだ。



世界各地の神話や伝説。そして、植物学はもちろん、博物学や心理学まで、多角的に「植物に性を見るまなざし」を探り出し、植物の形や生態に対する観察を通して、植物の美に潜む官能性を描いている。





すべての美の根源には官能性がある



植物の官能性から「生」の根源を解き明かすため、“植物の美の奥底に分け入っていく”内容となっている。この本はどのように生まれたのか? 著者である木谷さんに話を聞いた。







―― 木谷さんは以前から「植物は官能的」ということをお話されていましたが、執筆の経緯について教えてください。



私は食虫植物に出会い、波及して他の植物も好きになっていきました。そこで「なぜ食虫植物及び植物はこれほどまでに美しく魅力的なのか?」、「なぜ私はこれほどまでにこの美しさに心を囚われてしまうんだろうか?」と、愛の衝動はどこからくるものなのか思索していました。



そしてある時、天啓のように、食虫植物や植物美の根源には「官能」があるからだ、と閃いたんです。そのことを深く論考し執筆したいと思い、編集者の賛同を得て刊行に至りました。食虫植物がセクシャルな魅力があるということは、最初の著書から書いているのですが、『官能植物』の担当編集者は、最初の著書の刊行当時、その部分を良いと言ってくれていたんです。



すべての美の根源には、官能性があると私は思っていますが、植物の官能美は私のメインテーマと言えます。





―― 序章にて“暗がりに放り込まれていた植物の官能に光をかざす一助になれば幸いである。”とおっしゃられていますが、一般的にはまだ「植物の官能」というテーマはあまり触れられないものだとお考えでしょうか?



一般的なイメージとしては、植物は官能とは切り離されています。



この本は制作に4年近くかかり、その間類書が出てしまうことを恐れていたのですが、結局出ませんでした。今までも、この切り口で書かれた本は類がなく、それだけイメージとして遠いのだと思います。



遠い理由としては、意識か無意識か、性的な目線を抑圧しているところがあると思います。どちらかといえばタブー視されてきたところもあり、この本には嫌悪感を抱く方もいると思います。しかし、これは問題提起であって、好でも悪でも、読む方の心に爪痕を残せたなら、この本を出す意義があったのだと思います。







「官能とは何か?」まで立ち返る執筆作業



『官能植物』では35種類の植物が取り上げられている。そのどれもがエロティックで、もちろん文章にも“性的な”要素が多い。読み進めていくうちに、ページから立ちのぼってくる植物の官能にからめとられそうになる。照明を少し抑えた部屋で一人、じっくりと堪能したい本である。



―― 取り上げている中で、特に思い入れのある植物はありますか?



本書であげている植物のすべてに思い入れがあるのですが、表紙にもなっているディオネアは最初に書いた原稿で、特に思い入れが強いです。



ディオネアのパックリと開いた捕虫器に、女性器を、生と死、そして存在の亀裂、神を見るというイマジネーションの奔放を感じました。そこから古今東西の文献を紐解き、その根拠を交えて、表現し、執筆を終えた時に、この本全体の方向性が浮かび上がり、確かに何かを産みだした気持ちになりました。





メセン(女仙)も、大変思い入れが強いです。メセンの形が猥褻だというので、戦時中に栽培を禁止されたという話を聞き、その根拠となる文献を探していたのですが、なかなか見つからずお手上げになってしまい、担当編集者と探していました。編集さんは、元々「趣味の園芸」の編集者で、園芸関係者にたくさん聞いてくださって、ようやく文献を探すことができました。

 



―― 執筆は全体的に非常に大変だったかと思いますが、特に苦労した部分はありますか?



本書は事実とイマジネーションの間を創作するため、現実と妄想の両方の世界を行ったり来たりしながら、間を浮遊するのが大変でした。その作業では精神の安定を図るのにも苦労しましたね。古今東西の文献を当たるのは他の人にも手伝ってももらいましたが、楽しいもので、大変だとは思いませんでした。



また、植物の官能性について考えるにあたって、「官能性=エロス」について、さらに根源的なところに立ち返り、改めて思索することになりました。そこで、私は官能性というものが分かった気になっていたことに気づきました。「そもそも官能とは何か?」と考えることになったのです。



それから内容を調整した部分が多かったので、編集作業にも苦労しましたね。例えば、文章に血を通わせたいという気持ちがあり、ハスイモの葉柄を利用した「肥後ずいき」を、実際に使ってみたりもしたのですが、編集者と調整をした結果、その部分はなくすことにしました。



―― 執筆や全体的な制作において、心がけたことがあれば教えてください。



官能性を書くことと、官能的に書くことは似て非なるものだと思うのですが、本書は官能的に、植物の官能性について書きたいと思い、できる限り、文章に艶が出るように心がけました。成功しているかはわかりませんが……。



また、読む方の心に何か爪痕を残したいと、強く願っていました。記憶に残りたいと思ったんです。







贅沢で革新的、それでいて官能的な装丁



漆黒のインクの中に浮かび上がる、ときに可憐で、ときに艶っぽい植物たち。表紙カバーの裏まで真っ黒で、並々ならぬこだわりが見て取れる。手にするとずしりと重く、ページの合間から密やかな植物たちのざわめきまで聞こえてきそうだ。





―― 装丁もかなり凝っていますよね。デザインの部分ではどんな要望を出されましたか?



デザインの要望はこちらからはご提案しなかったです。担当編集さんが、アートディレクター、フォトグラファー、イラストレーターとこの本に関わる人間が一同に会する場を何度も設けてくれて、直接本書のテーマと、この本への思いを皆さんにお話ししてはいました。



コンセプトをしっかり共有したのちに、アートディレクターの岡本洋平(岡本デザイン室)さんが、テーマに合うデザインをご提案下さり、最終的には、とっても贅沢で革新的、内容と同じく挑戦的な装丁にしていただきました。陰翳の濃い暗がりの中で、植物の官能性を弄りながら、読み進めるようなデザインで、最高です。





「この本で、好でも悪でも、何かを感じていただけたら嬉しいです」と話してくれた木谷さん。妖しく、美しく、そしてひたすらに「性と生」に向かって伸びていく、官能的な植物が持つ魅力に惑わされてみよう。

(篠崎夏美/イベニア)



<写真:丸山光>



『官能植物』 木谷美咲(きや・みさき)

2017年5月16日発売

定価:本体3,700円+消費税(NHK出版)