「最近の子は、食事会しない」なんて嘘。呼ばれてないだけと認めぬ、女の勘違い

「最近の子は、食事会しない」なんて嘘。呼ばれてないだけと認めぬ、女の勘違い

港区であれば東京の頂点であるという発想は、正しいようで正しくはない。

人口約25万人が生息するこの狭い街の中にも、愕然たる格差が存在する。

港区外の東京都民から見ると一見理解できない世界が、そこでは繰り広げられる。

これはそんな“港区内格差”を、凛子という32歳・港区歴10年の女性の視点から光を当て、その暗部をも浮き立たせる物語である。


港区タワマン・オワコン説に異論を唱え、三田在住なのに麻布十番と言うCAに出会ったり、本当に豊かな生活とは何かを考えた。




「...という訳で、まさかの品川区民になるかもしれなくて」

雅紀から突然の“引っ越す宣言”を受けた翌日、グランド ハイアット 東京の『チャイナルーム』でランチを食べながら、急遽美奈子と作戦会議を開いた。

「港区にいない凛子なんて、想像できない。生粋の港区女子だったのに。」

美奈子がお腹を抱えて笑っている。

そんなにおかしなことでもないと思うが、本人は相当笑いのツボに入ったらしい。

美奈子が二日酔いの時に必ずオーダーする「コラーゲン鶏煮込みそば」よりも、興味の矛先は凛子へと向けられている。

「でも最近港区にも飽きてきたし、ちょうど良い卒業の時なのかも。昔に比べて面白い人も、派手な遊びも減ってきてるしね。」

美奈子に向けて放った言葉のはずなのに、言ったそばからそれはまるで凛子自身へ向けた言葉のような気がして、何故か胸がチクリと痛む。

「本当にそう。最近、つまらなくなったよね。」

美奈子が大きく頷いたとき、背後から聞こえた馴染みのある声に箸が止まった。

「港区がつまらなくなった?それは凛子さんが港区内の、次のステージへ行かれたからでは?」

顔を上げると、市原が若い女性を連れてにこやかに立っていた。

「本当の楽しさは、まだまだここからですよ。」


現在の港区を謳歌する女が語る、最近の港区。


いつしか終わる、港区1stステージ。しかし時代は巡るだけ


「あら、今日は一段と若い女性をお連れなんですね。」

皮肉たっぷりに言ったつもりが、市原は褒め言葉と受け取ったらしい。どうも、と言いながら少し照れている彼に、なぜか苛立ちを覚えた。

「先ほど凛子さんは、“港区にはもう勢いがない”とおっしゃいましたが、そんなことはありません。ただ、そのような会に“呼ばれなくなった”だけです。」

市原の突然過ぎる毒舌に、思わず言葉を失う。

「現に、若い世代...あ、彼女は星羅(せいら)ちゃんと言うのですが、彼女は一昔前の凛子さんのような生活を送っていますよ。」

市原から紹介された星羅という子が、ちょこんと頭を下げる。

「出た、キラキラネーム。名前まで、既に新世代ね。じゃあ聞こうじゃないの、新世代の港区事情を。」

言いたかったことを美奈子が代弁してくれ、少しスッキリする。

「もちろんです。ご一緒してもいいですか?」

言うと同時に、市原と星羅は店のスタッフに頼んで席を作ってもらい、同じテーブルについた。

「港区では、今も毎晩宴が繰り広げられ、男女の艶やかな出会いに溢れている、ということです。」

星羅が隣で大きく頷いている。

「でもそれを知らないイコール、呼ばれていないだけ。純粋に、もう世代交代なんですよ。」

『チャイナルーム』が、一瞬静まり返ったような気がした。




「そうですね。毎日食事会の誘いは来るし、タワーマンションの最上階でのホムパもありますよ。」

意気揚々と喋る星羅を、ちらりと盗み見る。

フラットシューズなのにどこまでも伸びる長い脚、そしてアムロちゃんを彷彿させるような小さな顔。

薄くファンデを塗っているが、まるで素肌のようにも見えるナチュラルメイク。最近は“全身隙なく決めるのはダサい”と言われるらしいが、まさにその通りなのだろう。

勝手に、港区は勢いがなくなったと思っていた。

昔のような遊びをする人は、絶滅危惧種に近いと話していた。

しかし、それは単にそのような場に“呼ばれなくなった”だけであり、港区全体を包み込む、得体の知れないパワーは変わっていないようだ。

「凛子さんがしてきたことを、私たちがしているだけですよ。今もこの街は、刺激的で楽しい場所だと思います。」

涼しげな顔をしている星羅の言葉に嘘はなかった。

「ただ、今じゃラップワンピにピンヒール、何て服装は誰もしないけど。」

星羅の言葉が鋭い矢のようにグサグサと突き刺さる(美奈子も凛子も、未だにピンヒールが大好きだ)。

何も言えない二人を見て、市原が割り込んでくる。

「大事なのは、凛子さんも美奈子さんも本当の港区、いわば一部の人しかアクセス権がない世界を見てきた、ということです。もう、十分ではありませんか?」


20代で全てが決まる港区。一部の人だけが見られる世界とは?


経験し尽くした先に見えてくる次のステージ


「ある研究によりますと、脳は新しい刺激を与えられた時に活性化するとも言われています。」

市原の学問めいた説明を、美奈子と二人で黙って聞く。

「つまり、凛子さんも美奈子さんも、既に港区での遊びを全て経験してしまい、そこに魅力を感じない。一言で言うと、飽きているんですよね。」

的を射た発言に、答えに困る。


最初は、全てが楽しかった。


夜な夜な繰り広げられるパーティーに食事会。自分では行けぬ高級レストランでの食事に、男性陣が差し出す煌びやかな装飾品。

目で見るもの、手で触れるもの、舌で感じるもの。
全てが目新しく、日々五感が鋭くなっていった。

「でも、人間は飽きる生き物。それが当たり前になった途端に、次の目新しいものを求めて彷徨うんです。港区民は、特にこの傾向が強いように見受けられますが。」

市原の言葉が段々遠のいていく。

面白いことに、20代の自分、港区の中心で生きていた時代を振り返ろうとしても、曖昧な記憶しかない。毎日がまるで3倍速の早送りのように過ぎていたから。

気がついた時には何となくそんな生活に飽きており、そして雅紀という素敵な人と出会い、婚約してすっかり派手な生活から身を引いていた。

「だから、凛子さんの港区第1章は終わり。今から、第2章の幕開けなんです。」




港区内でも、一部の人しか行けない次の高み


「第2章...」

理解できずに困惑していると、市原は更に饒舌になった。

「港区でそのステージに行けるのは、若いうちに全てを経験した一部の人のみ。一度もそのような経験をしていない人は、覚めない夢を見続け、彷徨い続けるだけです。」

ポーカーフェイスの市原が、少し笑ったように見えた。

甘い期待と夢を抱いて足を踏み入れる若者、そして成功の証として移り住んでくる大人たちが後を絶たない港区。


一度全てを経験しない限り、港区内でも上のクラスには行けない。


ランチを終えてもなお、市原の言葉は凛子の頭の中に鳴り響いていた。

美奈子と別れ、家へと向かう。自宅前にある有栖川公園では、子供達がシャボン玉を作って遊んでいた。

きっと、近所のプリスクール帰りか何かだろう。周囲には小綺麗なママ達がお喋りに興じている。

キラキラと輝くシャボン玉。見ていると綺麗だが、掴もうとすると呆気なく弾けて跡形もなく消えてしまう。


—港区の生活は、シャボン玉と同じなのかしら。


天気予報では、今日も真夏日になると言っていた。

燦々と降り注ぐ日差しを浴びながら、消えゆくシャボン玉を横目に家路を急いだ。


▶NEXT:7月25日 火曜更新予定
港区を去った者たちが辿り着く場所。凛子が下した決断とは?