サブゥーは“魔法のじゅうたん”に乗って海を渡ってくる――フミ斎藤のプロレス読本#089【サブゥー編エピソード9】

サブゥーは“魔法のじゅうたん”に乗って海を渡ってくる――フミ斎藤のプロレス読本#089【サブゥー編エピソード9】


 199X年



 サブゥーは魔法のじゅうたんに乗って海を渡ってくる。



 ポロシャツかなんかを着て、長い髪を後ろで束ねて、ベースボール・キャップを反対向きにかぶり、国際線のビジネスクラスにちょこんと座って、ヘッドフォンで音楽を聴きながら読みたくもない雑誌のページをペラペラめくったりして時間をつぶす、なんてシチュエーションのほうがよっぽど不自然なのだ。



 “アラビアの王子”はちょっとくらい気まぐれなほうがいい。あんまり几帳面だったり筆まめだったりするといささか現実的すぎるし、現実的になると生活臭がひっついてくる。長電話なんかがいちばんいけない。



「なあ、いまちょっといいか?」



 受話器の向こうで、サブゥーは何度も“ファック!”とつぶやいていた。



「いまどこ? トーキョーにいるの?」



「いや、マツモトとかいうタウン」



 時間は夜の7時をちょっとまわりかけたところだった。



「きょうは試合はなかったの?」とぼく。



「会場へは行ったんだけど、試合はやらずに帰ってきちまった」



 なんだかしゃべりたいことが山ほどあるみたいな様子だった。サブゥーは1日じゅうプロレスのことばかり考えている人間である。



 いままではビジネス上のボスは偉大なる伯父ザ・シーク様ということになっていたけれど、これからの“サブゥー会社”は51パーセントがサブゥーのもので、49パーセントがシーク様の管理下。ようするに、意見の衝突があった場合は2パーセントの差でサブゥーの選択と決断に軍配があがる。



 伯父上のアドバイスには耳を傾けてはおくけれど、最後の最後のディシジョン・メーキングはサブゥー自身の気持ちにゆだねられる。シーク様は甥っ子がオトナになったことをほんの少しだけ認めるようになった。これだけでもたいへんな進歩といっていい。



 シーク様の願いは、秘伝のキャメルクラッチを使ってほしいとか、アブドーラ・ザ・ブッチャーとはケンカをしないでくれとか、そういう具体的なことばかりになった。



「バーブドワイヤーも有刺鉄線バットも大嫌いだ。“サブゥー”はデスマッチのレスラーじゃないよ」



 “サブゥー”というレスラーは、サブゥーの頭のなかではどちらかといえば第三者的な人格として存在しているようだ。きっとそうなんだろうとみんなが勝手にこしらえてるイメージと、サブゥーが想い描いているサブゥーのイメージにはずいぶんギャップがある。



 ふだんからまあまあ親しくしているボーイズだって、サブゥーのことを時限爆弾の山のなかにだって飛び込んでいくようなキャラクターだと思い込んでいる場合がある。



「デスマッチはもうやらない。オレがやりたいのは、ああいうことじゃない」



 FMWのリングに上がっていたころ、さんざん有刺鉄線ロープに“張りつけ”になったのは、それさえくぐり抜ければその向こう側にもっとビガーでベターななにかが待っていると信じていたからだ。



 FMWはサブゥーにブレイクのチャンスを与えてくれた最初のレスリング・カンパニーで、大仁田厚はサブゥーを認めてくれた最初のプロモーターだった。



 受話器の向こうで、サブゥーは何度も“ファック!”とくり返した。たぶん、ホテルの部屋でベッドにゴロンとよこにでもなりながら天井に向かって話しかけているのだろう。



「オーサカには来てくれるかい?」



 サブゥーは、東京プロレスの大阪大会でブラック・ウォズマ(2コールド・スコーピオ)を相手に“100点満点”の試合をしてみせるつもりらしい。ウォズマとはECWのリングで何度となく闘っている。



 でも、東京プロレスのオフィスとはケンカをしてしまいそうな気がする。オフィスはそういうことを望んでいるのかもしれないけれど、いまさらブッチャー――シーク様の友人――の額に凶器を突き刺してもなにもはじまらない。



 サブゥーは、魔法のじゅうたんに乗って海を渡ってくる。ランシングのちいさな宮殿には母上のイヴァさんと妃のミブゥーがいる。デトロイトに住んでいるシーク様は、なかなかおはなしについてこられない年齢になってきた。



 王子は王子らしい理想をもち、気高く、そしてちょっとだけ気まぐれに生きるのである。(つづく)



※文中敬称略



※この連載は月~金で毎日更新されます



文/斎藤文彦 イラスト/おはつ