どんな役にもハマる俳優・阿部寛の意外な過去「20代は不遇の時代だった」

どんな役にもハマる俳優・阿部寛の意外な過去「20代は不遇の時代だった」

週刊ザテレビジョン創刊35周年のメモリアルとして、本誌を彩ってきたテレビスターたちがテレビとの思い出を語るSPインタビュー企画を連載中。 第10回はことしで俳優生活30年を迎える阿部寛が登場。“阿部ちゃん”の愛称で、ファッション誌の人気モデルだった青年が、ドラマ&テレビに活躍の場を移して30年。どんな役にもハマってみせる名俳優となった彼のキャリアを振り返ると、そこには役とひたむきに向き合った日々があった。


■ 「普通に就職しよう」と思っていた学生時代


大学2年生から雑誌のモデルを始め、カリスマ的人気を博した後、23歳で俳優業に進出。だが、当初は俳優になる気はなかったという。


「子供のころはよくドラマを見ていたのですが、自分が俳優になるとは思ってもいませんでした。当時好きだったのは、石立鉄男さん主演の『水もれ甲介』(1974~75年日本テレビ系)や、久世光彦さん演出の『寺内貫太郎一家』(1974年TBS系)、『ムー一族』(1978~79年TBS系)でした。萬屋錦之介さん主演の『子連れ狼』(1973~76年日本テレビ系)も好きでしたね。高校生になって衝撃を受けたのは、『ふぞろいの林檎たち』(1983年ほかTBS系)。というのも、皆さんの演技がいい意味で普通で。だから、これなら自分にもできるんじゃないかと素人考えで思っていました。今思うと、根拠のない自信というやつです(笑)。でも、大学に入ってからも普通に就職しようと思っていたし、俳優の道に進むことは考えていませんでした」


しかし、23歳で転機が訪れる。映画「はいからさんが通る」(1987年)で、当時人気アイドルだった南野陽子の相手役に大抜てきされたのだ。


「そのときも就職活動をしていたんですが、俳優志望のモデル仲間がいて、俳優も選択肢の一つにあるのかなと思い始めた時期で。そんなときにお話をいただいて、南野さんは当時押しも押されもせぬアイドルでしたから、出演をお引き受けしました。とはいえ、俳優としてはド素人。クランクイン前に監督と何日もリハーサルをして現場に入ったんですけど、いざカメラテストになったら頭が真っ白になって。あのときのことは今でも鮮明に覚えています(笑)」


■ 20代不遇の時代からの大きなステップアップ


翌年、「花嵐の森ふかく」(1988年日本テレビ系)で連続ドラマデビューし、「ぼくが医者をやめた理由」(1990年テレビ東京系)で連ドラ初主演。好調な滑り出しに思えるが、自身は「20代は不遇の時代だった」という。


「このころはセリフを言うだけで必死でした。でも、それだとダメだと思い、1993年に劇作家であり、演出家のつかこうへいさんを訪ねました。俳優としてはそこでの経験が大きく、『熱海殺人事件 モンテカルロ・イリュージョン』という舞台に出させていただいたときに、初めて俳優として評価していただいて。そのときの役がバイセクシャルの敏腕刑事という、自分のこれまでの演技経験ではとても手に負えそうにない役柄で、最初は不安を抱えていたのですが、いざ舞台に立ってみると、お客さんが楽しそうに笑ってくださったんです。それがとてもうれしくて。俳優としてその喜びを今後一切、逃したくないと思いました。だけど、それが映像にはなかなかつながらなくて、当時は相当焦りを感じていました」


その思いが草なぎ剛主演の「成田離婚」(1997年フジ系)でついに花開く。


「当時はトレンディードラマに出させていただくのが夢だったので、お話をいただいたときはうれしかったですね。それまでに苦汁を飲んできているし、名前を売らなければという思いもありました。僕が演じた北村卓哉は、草なぎさんの上司であり、海外赴任中に浮気がバレてしまったエリート会社員という設定だったのですが、草なぎさんはこちらがどんな芝居をしても受け止めてくださって、とても頼もしく思っていました。結果、このドラマで世間的にも評価をしていただき、次につなぐことができたので、草なぎさんには本当に感謝しています」


2000年に入ると、阿部の代表作となった「TRICK」(テレビ朝日系)がスタート。阿部演じる自称天才物理学者の上田次郎と、仲間由紀恵扮(ふん)する自称売れっ子マジシャンの山田奈緒子の迷コンビぶりが話題を呼び、連続ドラマは第3シーズンまで、その後もスペシャル3本、映画4本が作られる大人気シリーズとなった。


「つかさんの舞台でもエキセントリックな役をやったのですが、上田次郎はさらに変態性が高く(笑)、大うそつきという設定だったので、どう演じようか悩みました。監督の堤幸彦さんの才能は、その前の『ケイゾク』シリーズ(1999~2000年TBS系)などで知っていたので、当時まだ新人に近かった仲間さんと一緒に何とか成立させなければという思いが強かったですね。でも、第1シリーズのときは本当に撮影がキツかった(笑)。毎日、朝まで撮影をやっていて、睡眠時間はほとんどありませんでした。それでも、視聴者の方から『面白い』と言っていただけので、それを励みにやっていた感じですね」 


「TRICK」の後に出演したのが、木村拓哉主演の「HERO」(2001年フジ系)。平均視聴率34.3%を記録、劇場版も興収81.5億円の大ヒットとなり、ブームを巻き起こした。


「やっぱり木村さんのおかげですよね。当時、木村さんは『自分よりも、皆さんを撮ってください』と言ってくれていたみたいで。それに木村さんが真ん中にドンといてくれたおかげで、僕らは自由に遊ぶことができました。それであんな視聴率が取れて、夢のようでした。でも、(自身が演じた)芝山が娘と電話で話すときに『パパでちゅよ~』と言うのは、かなり恥ずかしかったです(笑)」


そして同年に出演した「できちゃった結婚」(フジ系)では、司法浪人で無職の煮え切らない男を演じ、第30回ザテレビジョンドラマアカデミー賞で助演男優賞を初受賞した。


「この役で賞をいただけたのはうれしかったですね。英太郎はチャラチャラした男ですし、自分にはそういう部分が全くないので、演じるのは難しかったです。今だと自分から懸け離れた役の方が演じやすいのですが、当時は経験的にまだそうではなかったので、これまでにいろいろな役を積み重ねてきたからこそ、演じられた役だったと思います」


2003年には「最後の弁護人」(日本テレビ系)で、13年ぶりの連ドラ主演を務めた阿部。皮肉屋で風変わりな国選弁護士・有働和明を演じた。


「つい最近、これと(江口洋介演じる主人公を執拗に追い詰める刑事役に扮した)『逃亡者 RUNWAY』(2004年TBS系)を見直したんですけど、どちらも動きがキレキレで最高でした(笑)。本来、俳優は客観視しながらやらないといけない仕事なんですけど、あらためて客観視するのは難しいなと感じましたね」


2005年の「ドラゴン桜」(TBS系)は、第46回ザテレビジョンドラマアカデミー賞の主演男優賞を受賞。このドラマには今では超有名になっている若手俳優が多数出演していた。


「山下智久もそうだけど、新垣結衣もいれば、長澤まさみもいたし、小池徹平もいたからね。そういうデビュー間もない子たちと共演できたのは貴重ですね。でも、このドラマは僕が90%セリフを話していて、セリフに追われて大変でした。長ゼリフも多かったんですけど、そういうときには徹平と新垣が頑張れという顔をしてくれるんですよ。だから、難しいセリフのときは、教室の後列にいた2人を見てやってました(笑)」


続く「結婚できない男」(2006年フジ系)では、40歳を過ぎても結婚できない皮肉屋で偏屈な男を演じ、阿部の三枚目キャラが大きな話題を呼んだ。


「この役に挑んだのは、『TRICK』のイメージが強かったから、もう一つ別の何かを作りたいと思ったからです。今は、結婚できない、しない人の話は珍しくないですが、当時はあまりなかったですからね。あと、ちょっとオタクの人たちが喜んでくれればと思い、人には言えない少し恥ずかしいところを全部盛り込んで役を作っていきました。そうしたら視聴者の方にすごく反応していただけたので、うれしかったです」


2009年の「白い春」(フジ系)では、殺人罪での刑期を終えた元暴力団組員を好演。「結婚できない男」とは真逆ともいえる寡黙な演技を見せた。


「それまではコメディーが多かったので、シリアスな役で評価していただけるとは思っていませんでした。現場では(自身が演じた春男の実娘)さちを演じた大橋のぞみちゃんにどうやったら気に入られるかばかりを考えていました。そうしたら、さちの育ての親を演じていた遠藤憲一さんも同じことを考えていたみたいで、一緒にお酒を飲みに行ったときにその話になり、2人で大笑いしました」


■ 「TRICK」に次ぐ長寿シリーズとの出合い


翌年放送された「新参者」(TBS系)では、警視庁日本橋署の刑事・加賀恭一郎役に。連続ドラマのほか、SPドラマ2本、そして2018年1月27日(土)に公開される「祈りの幕が下りる時」を含む劇場版2本が作られ、「TRICK」に次ぐ人気シリーズとなった。


「ストレートに演じることをあまりしてこなかった僕にとっては、この7年間、『新参者』シリーズに携われたことは貴重な経験でした。今回、久々に加賀恭一郎をやるにあたって、過去の作品を見直したのですが、加賀は事件の解決の仕方がとてもスマートなんです。多分、このシリーズを応援してくださった方も、加賀のスマートさを気に入っていただけたのではないかと。個人的にも加賀恭一郎をやってきたから、『下町ロケット』のような作品にチャレンジできたのではないかと思っています」


その「下町ロケット」(2015年TBS系)では、ロケットエンジンと心臓の人工弁の開発に関わる中小企業の社長・佃航平を熱演。


「演出の福澤克雄さんは『半沢直樹』(2013年TBS系)も撮られている方なので、とにかく福澤さんの期待に応えたいと思いました。そういう意味ではプレッシャーもありましたが、この現場では若手がすごく頑張ってくれて。みんなが本当にいい芝居をしていて、僕も刺激を受けましたし、それぞれがそれぞれに戦っている姿には頼もしさを感じました。本当に幸せな現場だったと思います」


さまざまな役に挑戦し、それらの多くがハマリ役と評されることの多い阿部。俳優としてのこれからは?


「これまでドラマアカデミー賞を一つの糧にして、そこで評価されるのを目標にやってきました。20代のときにあまり役をいただけなかったことに対するコンプレックスがあり、だからこそ毎回違うアプローチの役を選んできたのですが、自分で自分のできることを確認したかったのかもしれません。とはいえ、これまではどこかで見たものを組み合わせて作った感じがあったので、そろそろ初めての道を行かないとダメだと思うんですよね。なので、これからは自分で前例のないことに挑戦していかないといけないなと思っています」(ザテレビジョン)