酔ってかけてくる電話に深い意味なんて、ない?忘れられない男からの着信に動揺する女

酔ってかけてくる電話に深い意味なんて、ない?忘れられない男からの着信に動揺する女

春香が、24歳のとき。

心から愛していた男が、ある日忽然と姿を消した。

その日から、春香の時計の針は止まったまま。食事会に行っても新しい恋人が出来ても、まとわりつくのはかつて愛した男の記憶。

過去の記憶という呪縛から逃れることのない女は、最後に幸せを掴み取る事ができるのか?

最愛の恋人・祐也が姿を消してから、祐也への未練を吹っ切れずにいた春香。

グイグイ男・慶一郎にホームパーティーへと連れて行かれるが、訪れたマンションの家主は、なんと祐也だった。さらにそこで、祐也のもう一人の元彼女であるモデル風美女・真紀と出会ってしまう。




「またこうして春香ちゃんに会えて嬉しいな」

そう言って微笑む真紀は、春香が惚れ惚れするほど、美しかった。

完璧な見た目と弁護士という肩書きに付け加え、気配りまで出来る三拍子揃った女が、今、目の前に座っている。祐也が彼女に惚れるのも当然だ、と心の底から思ってしまう。

今日、春香は真紀と芝公園の『ル・パン・コティディアン』でブランチをしていた。ホームパーティーの時に借りたジャージを返すため、真紀に連絡を取ったのだ。

「真紀ちゃん、先日は本当にありがとう」

深々と頭を下げ、ジャージを入れた袋に『アトリエうかい』の焼き菓子を添えて差し出してから、意を決して尋ねた。

「あの、話したくなかったらいいんだけど。祐也君とはどうして別れたの?」

爽やかな土曜の朝の話題としては少々重い気もするが、春香はずっと気になっていたことを聞かずにいられなかった。

憂鬱な春香とは対照的に、真紀はとびきりの明るい笑顔を向けて答えた。

「祐也は、私とすぐに結婚したいって言ったの。でも私、弁護士としてもまだ半人前で、仕事のことを考えたら結婚どころじゃなかったから、別れることを選んだのよ」

そして真紀は、別れた後も祐也から友達でいたいと言ってくれたおかげで、今は良い友達なのだと説明した。

春香は目の前が真っ暗になった気がした。プロポーズも十分ショックだが、別れた後の態度が春香の扱いとは雲泥の差だ。

ホームパーティーで、春香を“知り合い”呼ばわりした祐也の態度を思い出し、胸がズキズキと痛む。

結局それ以上傷つくのが怖くて、肝心なことは探り出せなかった。祐也が姿を消した原因は彼女にあるのかという疑問は晴れないまま、春香は真紀に別れを告げた。


傷ついて塞ぎ込む春香を、慶一郎は外に連れ出す


愛するよりも愛される方が幸せになれる


春香は、その足で横浜にある実家に向かった。何か嫌なことがあるときは、なんだか無性に実家に帰りたくなるのだ。

「ねえ、春香。あなた、最近いい人いないの?」

リビングでお茶を飲んでいたら、母親が瞳をきらきら輝かせ、興味津々といった様子で春香に尋ねた。

春香がそっぽを向くと、母親はつんつんと春香の脇をつつく。

「どうせあなたのことだから、また誰かのこと、一方的に追いかけてるんじゃないのぉ?それじゃ幸せになれないわよ」

そして急に声を小さくして春香に囁いた。

「パパが今ゴルフに行ってていないから話すけどね、私、パパと出会う前に、ある男の人と、稲妻に打たれたみたいな恋に落ちたの」

春香は煎餅をかじりながら、突然始まった母の思い出話に耳を傾ける。

「でもね、その恋に振り回されてズタボロになって…そんなときにパパに出会ったの。正直、はじめはパパのことなんて相手にもしていなかったけどね、あまりに熱烈にアタックされ続けて、ついに折れちゃったのよお」

母はそう言って、頬をぽっと赤らめている。

「いい、春香。一番好きな男とは添い遂げられないものよ。でも女は、愛するよりも愛される方を選んだ方が、幸せになれるの。そういう人がいたら大切にしなさい」

最後だけ妙に熱のこもった力説を聞いていたが、春香の気分は晴れないままだった。



翌日の日曜日、家から一歩も出る気になれず塞ぎ込んでいると、慶一郎から電話があった。

「外はこんなに天気がいいのに、一日中家に居るつもり?ランチしようよ。駅まで迎えにいくから、今すぐ支度して」

とてもそんな気分ではないというのに、彼は相変わらず強引だ。勢いに押され、春香は仕方なく立ち上がった。

向かった店は、天王洲アイルの『スーホルム』。隣の『ティー・ワイ・ハーバー』には何度も足を運んだことがあるが、この店に来るのは初めてで、新鮮だった。

食事を済ませたあと、運河沿いのデッキをのんびりと散歩した。11月だというのに外は暖かく、空も青い。日光を浴びてきらきら輝く水辺を見ているだけで、憂鬱だった気分も一気に晴れていくようだ。




慶一郎は、春香の顔を見て嬉しそうに言った。

「気分転換になった?最近、電話でも声が沈んでたから、心配してたんだ」

天王洲の大きな橋に差し掛かったところで、春香はふと、慶一郎に尋ねた。

「あのね、これは友達の話なんだけど。昔の彼をいつまでも忘れられないで苦しんでいる子がいるの。慶一郎君だったら、その子になんて声をかける?」

不思議そうな顔をして足を止めた慶一郎に、春香は念を押す。

「あ、私の話じゃないからね。友達の話なの。どうしたらいいのか随分悩んでるみたいで」


慶一郎に傾き始めた春香の心。しかし祐也から連絡が来る


他の人と見る、新しい景色


慶一郎はしばらく考え込むような仕草をしたあと、答えた。

「俺だったら、こう声をかける。昔の彼のことばっかり考えてないで、たまには他の人と外を歩いて、新しい景色を眺めてみたらって。例えば、今日みたいにさ」

「だから、私の話じゃないってば」

春香が必死で言うと、慶一郎は笑った。

「わかったわかった。じゃあその友達に今の話、必ず伝えておいてね」

それ以上は何も言わず、すたすたと歩いていく。友達の話だという嘘は、慶一郎にはとっくに見破られているのかもしれない。

彼には以前から、何もかも見透かされている気がする。ホームパーティーでもいつのまにか隣にいて、動揺する春香の様子に気がついていたようだった。

春香は、慶一郎の背中に向かって尋ねる。

「ねえ、なんでそんなに優しいの?」

慶一郎はくるりと振り向いた。

「え?」

「今日だって、私に元気がないから連れ出してくれたんでしょ。なんで慶一郎君はそんなに優しくするの?」

慶一郎は橋の真ん中で立ち止まって、春香をまっすぐ見つめた。

「なんでって…。本当にわからない?」

一瞬どきっとして、思わず目をそらす。

咄嗟に話題を変えたが、母親の一言が頭の中に蘇った。

—女は愛されて幸せになれるの。そういう人を大切にしなさい。

祐也ではない、他の男の人と歩く新しい世界。その景色に目を向けてみようと、初めて本心で思った。



その夜、春香が眠っていると、携帯電話の着信音が鳴った。

—誰…?

時計は深夜2時をとうに過ぎている。眠たい目をこすりながら電話にでた。




「春香?起きてた?…俺」

それは、祐也の声だ。春香はベッドから飛び起きる。

「俺さ、友達の結婚式で沖縄に来てるんだ。春香と沖縄旅行をしたこと思い出して、急に声が聴きたくなった」

少しろれつが回っていないようだ。酒を飲んでいるのだろうか。

そして祐也は、春香が沖縄のビーチで日焼け止めを塗り忘れ、茹でたこのように真っ赤に焼けてしまった失敗談を、まるで昨日の出来事のように嬉しそうに話している。

春香は無言で耳を傾けていた。

「…おーい。祐也何してんだよ」

男友達が呼ぶ声が受話器の向こう側に聞こえ、祐也は、もう行かないと、と言って電話を切った。

—まだ、私の電話番号消してなかったんだ…。

春香は携帯電話を握りしめたまま、ベッドにへなへなと座り込む。

祐也以外の人と、新しい景色を見ようとしているのに。今度こそ、祐也を本気で忘れたいのに。彼がそうさせてくれない。

男が酔ったときにかけてくる電話に、女が期待するような深い意味なんて無いに決まっている。なのに、その意味を探さずにいられない。

どうして祐也は、自分に電話をかけてきたんだろう—。


▶Next:11月22日 水曜更新予定
突然の祐也からの電話に動揺した春香。祐也を振り切ることができるのか?