恋にたどり着いて、じぶんに帰る。「じぶん探し」は逆算しておこなうべき

恋にたどり着いて、じぶんに帰る。「じぶん探し」は逆算しておこなうべき


いっときに比べて「じぶん探し」という言葉をあまり聞かなくなりましたが、それでもじぶん探しにいそしんでいる若い女子は、まだまだ大勢いると思います。
じぶん探しという、定義が非常にあいまいなことって、逆算してやっていくと、それなりにうまくいくし、早くおしまいにすることができます。


■じぶん探しのゴールとは?

じぶんを探す、という行為には、終わりがあります。探しはじめる地点があるということは、当然ゴールがあるということです。多くの女子にとって、じぶん探しのゴールはどこにあるのか?
見ていて感じるのは「彼氏ができたとき」です。もっとピンポイントで言うなら「じぶんのことを愛してくれて、同時にじぶんが愛せる相手とめぐり会えたとき」これがじぶん探しのゴールではないかと思います。
映画やマンガ、小説の中に出てくる、自分探しをしている女子の主人公を見ていても、そう感じます。映画やマンガには、毎日生きていることじたいが楽しくない、というような若い女子の主人公がしばしば登場します。そういう女子はやさぐれつつも、ひそかにじぶん探しをしています。
で、ストーリーが進んでいって最後、どこに着地するかといえば、相思相愛の彼氏ができて、ふたりで手を握って、朝日を背景にキスをするシーンでエンディングとか……ベタな例かもしれませんが、最近の映画や小説は、わかりやすくてベタなものが受けるとされる風潮があるので、まあ、ざっくり言えば、こういうことなのではないかと思います。


■旅は帰ってくるから旅です


相思相愛の彼氏ができれば、じぶん探しの旅がいったん終わりを迎えるわけですが、旅というからには、「帰ること」が、本当は一番重要です。
「行ってきます」と旅に出て、帰ってこない、これでは周囲の人が不安がるし、家出みたいだし、あまり褒められたことではないですよね?旅って「ただいま」と帰ってはじめて完結する物語のことです。
ということは、じぶん探しの旅の終わりは、帰ることが絶対条件で、どこに帰るのかといえば、それは昔のじぶんに帰るということでは?なぜならほかに帰るべき場所なんてないから。
行くべき場所はたくさんありますよね?たとえばじぶん探しと称して、ボディケアをしたり、あるいは心を磨いたりする人がいるようですが、そういう人は「美しいハダカをもつわたし」という場所に行きたいと思っているわけでしょう。
あるいは美しい心をもつわたし、という場所が、彼女にとって「行くべき場所」なのでしょう。人はどこに行ってもいいわけだから、これはこれでOKでしょう。でも帰るべき場所は、ひとつしかない。人は誰だって、じぶんのルーツに帰るしかない。
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相思相愛の彼をゲットすること、かつ、じぶんのルーツを知ってそこに帰ること。この2つが、じぶん探しのゴールです。
そしてふつうは、相思相愛の彼氏ができたら、その彼があなたに、あなたのルーツ(自分がどんな人間で、どんなことにどんな感情を抱くのか、とか)を「教えてくれる」ので、きっと相思相愛の彼氏をゲットするという、ごくシンプルなことだけをゴールに据えておくといいように思います。
そして相思相愛の彼氏を作ることって、じつはさほどむずかしいことではありません。悩み上手な人は、むずかしく考えることが得意だろうと思いますが、ホントはあまりむずかしいことではありません。
じぶんが帰るべき場所、つまりじぶんのルーツ(じぶんがどこから旅を始めたのか)を知っていれば、おそらく誰だって帰巣本能でもって、帰るべき場所にたどり着くのです。(ひとみしょう/文筆家)
(ハウコレ編集部)