日本復帰でムネリン節炸裂 川崎宗則に寄せられる来季への期待

日本復帰でムネリン節炸裂 川崎宗則に寄せられる来季への期待

2017年が開幕して早々、福岡ソフトバンクファンにとってうれしいニュースが飛び込んできた。長年チームを引っ張ってきた川崎宗則の日本球界復帰である。「ムネリン」の愛称で親しまれる人気者の「里帰り」に、福岡のみならずプロ野球界は大いに沸いた。


今季日本球界に復帰したソフトバンク川崎

 2017年が開幕して早々、福岡ソフトバンクファンにとってうれしいニュースが飛び込んできた。長年チームを引っ張ってきた川崎宗則の日本球界復帰である。「ムネリン」の愛称で親しまれる人気者の「里帰り」に、福岡のみならずプロ野球界は大いに沸いた。

 川崎は1999年のドラフトで福岡ダイエー(現福岡ソフトバンク)から4位指名。鹿児島工業高校出身の最初のプロ野球選手となった。川崎の名が知れ渡ったのは2003年から。三塁のレギュラーに定着し、俊足を活かしてダイハード打線の一角を担う。

 翌年以降は遊撃手を務め、チームの中心選手として活躍。2006年と2009年の「ワールド・ベースボール・クラシック」では、ともに日本代表に選出され、世界一に貢献した。第1回大会決勝において、タッチをかいくぐり本塁に突入した「神の右手」は、多くの野球ファンの記憶に鮮明に残っていることだろう。

 川崎は華やかなプレーとキャラクターでもって日本球界で確固たる地位を築きながら、2011年オフ、米球界挑戦を表明する。当時イチロー外野手が在籍していたマリナーズへ加入し、シーズンの途中にそのイチローがヤンキースへ移籍してしまったものの、アメリカでの出場機会を求め続け、マイナー契約から幾度となくメジャーの舞台に這い上がった。

「カメラの前に立つために生まれた」男

 また、チームのムードメーカーとしても多くのファンとチームメイトを魅了した。爽やかな顔立ちと盛り上げ上手な性格がファンに受け、現地メディアからは「カメラの前に立つために生まれた」とまで評された。2016年には、所属するカブスがワールドシリーズに進出。川崎自身はアクティブ・ロースター入りしなかったものの帯同し、チームは108年ぶりとなるワールドチャンピオンに輝いた。

 6シーズンぶりに日本復帰した今季は、怪我の影響もあって42試合の出場にとどまった。本人としても悔しいシーズンとなったが、5月11日には日米通算1500安打を達成。出場した試合では守備に打撃にハッスルし、確かな存在感を示した。

 復帰当初は層の厚さから、確約されたポジションがないとも言われていたが、川崎にはそれ以上の役割も期待されている。4月の入団会見では、「福岡が大好きで、なんと言っても、福岡に帰ってくるたびにたくさんのGMがいました。タクシーの運転手さん、行く店の大将のみなさん、エレベーターで会う子供連れの家族のみなさん、いつ帰ってくるの? と。声をかけてくれたたくさんのGMたちに本当に感謝しています」「ピッチャーもやれと言われれば、やれます。真っすぐとカットしかないですけどね、監督が僕を好きなように使ってくれて、それに僕は日本人らしくイエス!と言いたいと思います」とムネリン節が炸裂。 

 後輩に向けては、「僕とプレーして、野球が下手になってほしくない。上手くさせて、野球をもっと楽しいと思ってもらいたい。厳しい世界です、プロ野球は。上手くなるようなプレーを後輩たちにしてもらえるような、そういう風に引っ張って行きたいし、そういう先輩でありたい。自信はあります」と語っていたが、メジャーの「生きた経験」を伸び盛りの若手に還元することができれば、チームはさらなる高みへ到達することができるだろう。

 川崎の「ムネ」を躍らせる活躍をファンは心待ちにしている。来季もまた、誰にも真似できない川崎らしい姿を見せてくれることに期待したい。(「パ・リーグ インサイト」編集部)



(記事提供:パ・リーグ インサイト)